フラッシュメモリはなぜ躍進したか?

フラッシュメモリは、スマートフォン、ノートパソコンなど、多くの身近な製品に搭載され、ニーズは高まるばかりです。フラッシュメモリの出荷数量は年々増え続けてきました。なぜこの様な躍進を続けられたのでしょうか? フラッシュメモリの歴史を振り返ると、フラッシュメモリと、フラッシュメモリを搭載するアプリケーションの技術革新が同時に進行し、それにより人々のライフスタイルまでもが大きく変化していったことが分かります。

<図1> NANDフラッシュ出荷個数の年次推移とアプリケーション
(WSTSのデータを基にアドテックが作成)

~1960年代 ノイマン型コンピュータの登場

ノイマン型コンピュータは計算機の原型となる概念で、①入力装置、②制御装置、③演算装置、④主記憶装置、⑤出力装置で構成されています。主記憶装置にプログラムを格納し、プログラム制御方式で計算を行う構成です。この構成は70年経った今でも私たちの身近なパソコン、スマホだけでなく、冷蔵庫や洗濯機など、あらゆる製品で使われています。

<図2> ノイマン型コンピュータの構成

ノイマン型コンピュータを構成するためには、記憶装置としてメモリが必要ですが、当時のメモリは磁気記憶装置が主力でした。アポロ宇宙船のコンピュータでは、主記憶装置に磁気コアメモリ、補助記憶装置に磁気テープが使われました。ノイマン型コンピュータと磁気記憶装置の貢献により、1969年には月面着陸という人類の偉業が成し遂げられました。

<図3> 磁気コアメモリ
(Wikipediaより引用)

1970年代 メモリは磁気から半導体へ

1970年代には、主記憶装置として、ランダムアクセスが可能であるDRAMが磁気コアメモリを置き換え始めました。

1980年代 NANDフラッシュメモリの発明

1980年に入ってからは主記憶装置としてDRAMが磁気コアメモリを完全に置き換えていきました。一方、補助記憶装置としては不揮発性のファイルメモリが要求されるので、相変わらず磁気ディスクと磁気テープが使われていました。半導体の不揮発性メモリとしては、1967年にEEPROMが発明されていましたが、ファイルメモリとして普及するにはコスト面が問題でした。EEPROMは、ランダムアクセスを可能にするため1bitあたり1個の選択トランジスタと、1個のメモリトランジスタの計2個のトランジスタで構成されていますが、ファイルメモリで最も重要な点は 1ビット当たりのコストが安い ことで、性能面は優先順位が高くありません。

そこで、ビットコストを安くするために登場したのが NOR型フラッシュメモリ(NORフラッシュ)です。株式会社東芝(当時)の舛岡富士雄氏は1984年、NORフラッシュの基本動作メカニズムを国際学会IEDMにて発表、翌1985年には256kbitのNORフラッシュを国際学会ISSCCにて発表しました。NORフラッシュは1bitを1個のメモリトランジスタで構成されるので、EEPROMよりビットコストを安くできます。

<図4> NOR型フラッシュメモリ

しかし、補助記憶装置を磁気メモリからフラッシュメモリに置き換えるには更にビットコストを下げる必要がありました。そこで、舛岡氏はフラッシュメモリのチップ面積を縮小するため、回路構成を変えたNAND型フラッシュメモリ(NANDフラッシュ)を発明して1987年にIEDMへ論文を投稿、1989年には4Mbit NANDフラッシュの試作成功をISSCCで発表しました。NANDフラッシュは、1本のbit線に多数のメモリセルを接続することで1個当たりのメモルセルの占有面積をNORフラッシュより小さくしました。そのため、NORフラッシュよりビットコストを下げる事が出来ました。NANDフラッシュはNORフラッシュより読み出し速度は遅いですが、ビットコストを大幅に下げたため、ファイルメモリとして磁気メモリを置き換えるイノベーション技術となりました。

<図5> NAND型フラッシュメモリ

1990年代 NANDフラッシュの製品化

1991年には東芝が世界で初めてNANDフラッシュを製品化しました。当初4MbitだったNANDフラッシュ製品は、製造プロセスの微細化と技術革新によりメモリセルの縮小化が進み、90年代の終わりには256Mbitへと容量が増大しました。

1990年代はデジタルカメラでNANDフラッシュが使われ始めました。まず、1993年には容量16M、1995年には32MのNANDフラッシュが製品化されると共に、デジタルカメラの記録媒体として採用されました。デジタルカメラの発展には周辺技術の発展がキーとなりました。1991年には世界で初めてリチウムイオン電池が製品化され、モバイル用途の製品が実用的になりました。リチウムイオン電池の開発により吉野彰博士が昨年ノーベル賞を受賞したことは記憶に新しいことです。静止画像の圧縮技術で主流となったJPEGは1992年にリリースされ、画像ファイルを圧縮してNANDフラッシュに記録する方式の実用化に寄与しました。

<表1> デジタルカメラの登場

2000年代 多値化と微細化で実用的な容量へ

2000年代は多値技術が大きく進歩した時代でした。東芝は2001年、2bit/セル(MLC)を採用した1Gbit NANDフラッシュを世界で初めて商品化したと発表。同年、同フラッシュを2個積層した2Gbit NANDフラッシュをサンプル出荷開始しました。その後、多値技術はTLC(3bit/セル)、QLC(4bit/セル)へと発展しました。2019年のフラッシュメモリサミットでは、東芝、及び、共同開発パートナーであるWestern DigitalがPLC(5bit/セル)の実験結果を発表しています。

<図6> SLC(1bit/セル) と MLC(2bit/セル)

1990年代の市場では静止画像の記録にフラッシュメモリが普及し始めましたが、2000年代には音声や動画の記録にフラッシュメモリが採用され始めました。その背景として、フラッシュメモリの容量が実用的になったのに加え、音声圧縮技術と動画圧縮技術の進歩が挙げられます。2005年にAppleが発売したiPod shuffleにNANDフラッシュが搭載されてから、NANDフラッシュを搭載した携帯音楽プレーヤーが世界的に普及しました。また、2001年には携帯電話にもカメラが搭載され、同年、日本が世界に先駆けて商用化した第三世代通信規格 “3G” によって携帯電話でもメールやインターネットが可能となりました。当時は携帯電話で写真を撮影してメールで送ることが大流行しましたが、今ではスマートフォンで撮影した写真をSNSで共有することが日常的な光景となっています。
この様にして携帯電話に画像や音楽を保存する補助記憶装置としてNANDフラッシュが活用され、NANDフラッシュの市場が拡大していきました。

<表2> NANDフラッシュメモリを採用した民生品の登場

2010年代 3D NANDと多値で大容量化

2014年にはSamsungがISSCCにて1チップで容量128Gbitの3D NANDチップを発表しました。これが世界初の公式な3D NANDと言われています。従来の2D NANDは、メモリセルアレイが水平方向に伸びていますが、3D NANDは垂直方向に伸びています。その為、垂直方向へ積層数を増やすほど、記憶容量は大きくなります。

2018年と2019年には、TLC技術、QLC技術といった多値技術と3D NANDを併用して1チップで1Tbitを実現した発表が相次ぎました。

<図7> 2D/3D NANDフラッシュの構造比較

2020年代 更なる飛躍へ

NANDフラッシュは、製造プロセスの微細化に加え、多値化、3D化することで記憶容量を飛躍的にアップさせて用途を拡大してきました。用途は、当初はデジタルカメラ、音楽、パソコン周辺機器でしたが、スマートフォンの浸透とSNSの流行によって共有の文化が広がり、 ストレージの活用は 「モノ」 から 「コト」 へと広がっていきました。2020年代はAI、IoT、5Gの発展により 「データ」 の活用が活発な社会になるため、NANDフラッシュは益々活用されると予想されています。

製品情報

アドテックは1983年に設立し、メモリの歴史と共に歩んで参りました。フラッシュメモリ、DRAMの応用製品を各種取り揃えており、新製品も順次リリースしております。アドテックはそれぞれのお客様に寄り添い、最適なメモリソリューションを提案いたします。メモリに関するご相談がございましたらお気軽にお問合せください。

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